最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)249号 判決 1969年10月07日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人平松久生の上告理由(一)について。
論旨は、本件店舗賃貸借契約における、第三者が二年以内に横芝東町内でパチンコ店を開業したときはその後一週間以内に被上告人が上告人に対して本件店舗を返還すべき旨の原判決認定の特約は、賃借人に不利な特約であつて無効とすべきものと主張する。しかし、原判決の適法に確定したところによれば、上告人は被上告人と競業するパチンコ店営業を二年間同町内で行なわないことを約し、その補償として被上告人は上告人に七五万円を交付し、上告人がこれに違反したときは右金額を返還することとし、さらに、第三者が右期間内に同町内で同一営業をした場合にも上告人自身が営業をした場合と同一に取り扱うことを約したというのであり、また、本件店舗賃貸借契約は、右競業禁止契約と同時にこれと一体不可分のものとして締結され、店舗返還に関する前示特約が付されたものであるというのであつて、これらの事実によれば、上告人自身に右競業禁止契約違反がなくとも、第三者が同一営業を開始し、したがつて、競業禁止契約によつて被上告人の意図したところが事実上達成されえなくなつた場合には、右七五万円の出捐もその理由がなくなるのでこれを返還させることとし、他方、被上告人において本件店舗を賃借し占有しておくことに格別の利益もなくなるため、賃貸借契約を終了させることとしたものと解される。
このような事実関係のもとにおいては、店舗の返還に関する前記特約は、所論のように、一定の事実の発生を条件として当然に賃貸借契約を終了させる趣旨のものではあるが、借家法の規定に違反する賃借人に不利な特約とはいえず、同法六条によつて無効とされるものではないと解するのが相当である。けだし、特約が賃借人に不利なものかどうかの判断にあたつては、特約自体を形式的に観察するにとどまらず特約をした当事者の実質的な目的をも考察することが、まつたく許されないものと解すべきではなく、本件のように競業禁止契約と結合された特殊な賃貸借契約において、上述の趣旨によつて結ばれた特約は、その効力を認めても、賃借人の利用の保護を目的とする同法の趣旨に反するものではないということができるからである。したがつて、右特約が有効なことを前提として、本件店舗賃貸借契約が終了したものと判断した原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同(二)および(三)(1)について。
本件店舗賃貸借契約の終了に関する特約は上述のとおり有効と解されるものであるところ、右特約に基づく契約の終了により被上告人が上告人に本件店舗を明け渡すべき義務と、上告人が被上告人に七五万円を返還すべき義務とが、契約に基づき同時履行の関係に立つものとした原判決の事実認定・判断は、その挙示する証拠に照らして是認することができ、したがつて、原判決が、七五万円の支払と引換えに本件店舗を明け渡すべきものとした判断ならびに右の支払がされるまでは被上告人において店舗明渡につき債務不履行の責を負わないものとした判断は、いずれも正当であつて、これに所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同(三)(2)について。
原判決によれば、被上告人は、本件賃貸借契約終了後は、本件店舗を同時履行の抗弁権の行使のためにのみ占有しており、これを実際に使用収益してはいないというのであるから、被上告人について本件店舗の占有により賃料相当額の利得が生じていないものとした判断は是認することができ、所論のように、上告人においてその間本件店舗を使用しえないことによる損失をこうむつたとしても、不当利得返還を認めるべきものとはいえない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)